ほっとひと息

● 我が旅 in クロアチア

ドウブロニク空港に着いたのは、9月16日の昼下がりだった。さすが、アドリア海に接する地であるだけに、前日まで滞在していたウイーンとはうってかわって、半袖で十分という気候である。そこから車で15分。ホテルクロアチアが悠然とわれわれ家族を迎え入れてくれた。

 
ここに来るまで、クロアチアといえば、民族間の内紛で「悲惨」「危険」というイメージしかなく、また、旧ユーゴスラビアの一部に位置することは知っていて も、ヨーロッパのどのあたりか判然としない。ここに来る必然性がなければ、多分、永久にこの地に降り立つこともなかったであろう。

 
その必然性とは、ここで開催されている第11回国際潰瘍学会に参加することであった。3年に一度開かれる本会は、1970年に第1回が開催されてから、30年余におよぶ歴史と重みのある学会である。次回2006年の第12回の本会を、名誉なことに私が大阪で主催することに内定しており、その決定の場に参加するとともに、大阪の紹介を兼ねて、次期会長としての挨拶をする、というのがこの旅の第一の目的であった。

 内紛は10年前に集結しており、今はいたって平和である、と現地の人たちは口をそろえて言う。なるほど、ここはリゾート地であるからかもしれないが、確かに優雅でのんびりしていて、とても10年前まで戦争をしていた国とは思えない。

 ここは気候が良く、観光客も多いので結構にぎわっている。しかし、取って付けたような派手な観光客相手のイベントや商売はない。ホテルを出て、海岸に沿って5分も歩くと「ヴィレッジ」に付く。そこにはかろうじて土産物屋があり、宝石や靴なども売っている。

 海岸に接した細い道路をへだてて、レストランが軒を並べている。客はほとんどが店先のテラスで食事をしていて、中には店員しかいない。外の気持ちがいいのであたりまえの心理だ。

 
私は、家内と一番下の息子(といっても20歳だが)をつれて、そのひとつに入った。店先には、今日の収穫が氷の敷き詰められたケースに所狭しと並んでいる。その中の2種類ばかりの魚を選び、煮付けと塩焼きを注文した。ロブスターも調理してもらった。あとはパスタとピッツァだ。

 
イタリアは弯を隔てて隣国になる。料理はイタリア料理の影響を受けているのか、あるいはイタリア料理がクロアチア料理の影響を受けてきたのかもしれないが、イタリア料理と類似点が多く、想像以上に美味である。とくに素材が新鮮でおいしい。私は「エビ」の類はあまり好まないが、ここでのロブスターは絶品で、ほおが落ちるほど身が甘い。地元の美形で明るいウェイトレスが、よく愛飲しているクロアチア産の赤ワインを勧めてくれた。美人の勧めということを差し引いても、よくできたしっかりしたワインであったと思う。

 少し足をのばして、ホテルから車で30分ほど走ると「オールドタウン」が海岸の一角に忽然と現れてくる。世界遺産に指定されている、高い壁で隔離された街である。内紛時の傷跡が残されてはいるものの、内部にはホテルがあり、至る所に軒をせり出しているレストランは、多くの観光客を集めている。

 
ホテルクロアチアの陽気なコック長と、格闘技K1の話題で盛り上がった。常に上位を占めるミルコ・クロコップがクロアチアの英雄だからだ。調子に乗って日本プロサッカーJ1の名古屋グランパスエイトで活躍した、旧ユーゴスラビア出身のドラガン・ストイコビッチの話題を出すと、今まで得意になって、クロコップの自慢をしていたコック長が突然、顔を曇らせた。

「ストイコビッチはセルビア人ですから・・・」と、遠慮がちにも不機嫌さを示してきたのである。クロアチア人かセルビア人かの意識もしていなかったうかつさに、「しまった」と後悔したが後の祭り。民族間に根深い憎悪があるのは現実なのである。目の前の美味な料理の方に話題を変えて、その場の緊張をほぐすのが精一杯であった。

 1週間に満たない短いクロアチア滞在であったが、私の胃袋と目を存分に楽しませてくれた。「目」の楽しみはあえて書かなかったが、ヌーディストクラブがホテルのすぐそばにあったからだ。
ただ、ひとつだけ気になることがある。浜辺で泳いでいる人は、必ずスリッパのままなのである。その理由はすぐ分かったので、それはそれでいいのだが、問題はその理由の理由だ。実は、浜辺にとげだらけのウニがごろごろしているのが、スリッパで泳ぐ理由だった。

 
では、第二の疑問として、なぜ、あんなにおいしいウニがごろごろころがっているのか? すぐに2つの理由が思い浮かぶ。1つは、クロアチアのウニはまずいという可能性。もう一つは、クロアチア人はウニを食べたことがないという可能性だ。もし後者なら、資本金ゼロで、このドウブロニクでウニめし屋ができる。おいしいものが食べられる上に、だれも足に怪我をしなくなるので、地元の商店街も応援してくれるであろう。一石二鳥である。三兎を追って、開店するならいっそのこと、あのヌーディストクラブ近辺にしよう。

(日本医師会雑誌 第131巻・第4号/ 平成16年2月15日掲載分のオリジナル未公開版)