ほっとひと息

● 野球部創部50周年を迎えて

創部50周年という大きな節目を迎えることができ、野球部OBの一人として歓喜に絶えません。「継続は力なり」と申しますが、半世紀という期間の重さが、自然と伝統なるものをかもしださせるのでしょう。部に風格が出てきたように思います。

50周年ということは、今の現役と創始者とは50歳の開きがあるということです。当たり前のことですが・・・。私は入部したのが35年前ですから、今の現役より創始者の方にずっと近いわけです。実際、現役諸君のお父さん以上の年になるわけですが、現役諸君の兄貴分くらいに感じているのは私だけではないでしょう。それだけ親しみが深く仲間意識が強いからだと思います。

クラブの先輩というのは、たった1年先輩と言うだけでも雲の上の存在に感じたものです。吉野家の牛丼ではないですが、恐い、きつい、厳しい、の3拍子揃っているのが先輩です。ところが先輩の方から後輩を眺めると、実にかわいい存在であることも事実です。

 
ほとんどの方が先輩と後輩の両方を経験しているわけで、そうなってみると、恐い先輩の深い愛がより一層感じられるようになります。この縦割りの関係が、社会人になっても支えになり、また、救いにもなります。これが、クラブ活動をやっていてよかったと思う最大の根拠です。結果として付いてくるもので、最初か らこれを狙ってクラブ活動をする人はいないと思いますが。

 さて、50年間の縦割り野球部員が大挙してドーム球場に押し寄せたのは昨年の11月。50周年記念事業の一環として行われた野球大会は記憶に新しいところです。

 「ワシは年やから」とか「腰を痛めてるから」とか、最初はベンチから腰を上げようとしなかった先輩OBの方々も、白球を見ると昔の血が騒ぎ出すようで、やはりじっとしてはいられなかったようです。

 
参加年長者も、バットに球を当てるからすごい。しかも当てるだけではなく、しばいていました。娘の前でええとこを見せようとした先輩OBは、空振りを繰り返して腰を押さえていました。「恐い」先輩が「かわいい」先輩に映った瞬間でした。また、私の同級生は、打って走り出そうとしたとたん、転けて足首を捻挫 していました。

 「年を考えや」と声をかけている人ほど、年を考えずにプレーに熱中していたようです。私もそのうちの一人で、深夜に近い11時まで人工芝の上ではしゃいでいました。帰りにはお腹がぺこぺこで、息子と二人で食べたラーメンとギョーザの味が忘れられません。本当に楽しい一日でした。

 西脇先生が10年前にOB会長として40周年記念事業を大成功に導かれ、今回、現OB会長の西野先生が、50周年というさらに大きな節目の事業をまたまた大成功に導いてくださいました。私はちょうどお二人の狭間でOB会長をさせていただきましたが、おかげで難を逃れる(?)ことができました。献身的な努力により、私たちに楽しい思い出を作っていただいた西野先生をはじめ、記念事業委員の先生方に厚く感謝申し上げます。

 最近はクラブ活動をする学生が減っているそうで悲しい限りです。野球部も部員が少なくなってきているようですが、現役諸君には、クラブ活動を思う存分楽しんで欲しいと願うとともに、クラブ活動の良さを広く後輩に伝え、その楽しみをできる限り多くの人たちと分かち合って欲しいと思っています。50年の伝統に誇りと希望を持って進んでください。我が野球部万歳!


(2003年5月 大阪市大医学部野球部OB会報)